【意味】ハリケーンの意味とは?個人的に考察(映画ベンジャミン・バトン)

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ベンジャミン・バトン

映画「ベンジャミン・バトン」は、2008年公開の「人生とはなにか」を描いた映画です。

「老人姿で生まれ、年を取るごとに若返っていく男の生涯」を描いた本作はですが、そのインパクトのあるあらすじや予告編により、すでにご覧になった方も多いのではないでしょうか。

引用元:YouTube

今回は、そんな「ベンジャミン・バトン」の中身を深掘りした記事となっています。

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ハリケーンの意味⇒「人生何が起こるか分からない」ことを表している?

本作「ベンジャミン・バトン」は、「人生とは何か」を描いた映画です。

しかし、どんなに幸せな時間も決して「永遠」には続きません。

時の経過や自然災害からの脅威には、どんな人であれ基本無防備です。抗うことはできません。

そういった不可抗力を表した象徴的なものとして、ハリケーン「カトリーナ」の存在を作中に織り交ぜることで、”人生とは良くも悪くも何が起こるか分からない”そういったメッセージを伝えているのかもしれません。

特に本作のラストシーンでは、ハリケーンによる影響で”ガトーの作った逆回転の時計”が置かれている倉庫が冠水し、時計もろとも様々なものを飲み込んでいくシーンで幕を閉じます。

時の経過や自然災害からはすべての物が無防備でありあっけなく飲み込まれてしまう、そんな意味の込められたラストシーンなのかもしれませんね。

作中のハリケーンは歴史的天災として有名な「カトリーナ」

作中に出てくるハリケーンは実際にアメリカ本土を襲った大型ハリケーン「カトリーナ」を描いたものです

「カトリーナ」は2005年8月末にニューオーリンズを実際に襲いました。

カトリーナの影響による死者はおよそ1800人とも言われ、”アメリカの歴史上最悪の自然災害”として名を残しました。

ハリケーンは基本的にその規模を5段階のカテゴリーに分けられますが、「カトリーナ」では最大時の勢力がカテゴリー5とされ、最大レベルでした。そのため、街の8割が冠水しほぼ壊滅。

多くの方が非難をしましたが、移動手段を持たない約10万人前後の方は市街にとどまったともされています。移動手段を持たない人々と言うと、まさしく作中のデイジーのような高齢者や病床に居た方も含まれているでしょう。

カトリーナの襲った街「ニューオーリンズ」の歴史

ニューオーリンズはアメリカ国内においても、いい意味で「アメリカらしくない街並み雰囲気」が魅力的な街です。まるでディズニーランドの園内のような街並みは、古い街並みを残してきたニューオーリンズの歴史の名残が残っています。

そしてニューオーリンズと言えば「ジャズ」の発祥の地としても有名です。これだけでいかにニューオーリンズが歴史的な町であるかが分かるかと思います。

さらにニューオーリンズは移民が多い地域であるという特徴もあります。

フランス、スペイン、カリブ海からの移民や西アフリカからの奴隷などが、1700 年代以降、ニューオーリンズに定住したとされています。

それだけ、「歴史のある様々な人が住む街」が何故映画の舞台となったのか。(原作ではアメリカの「ボルチモア」という街が舞台だったそうです。)

これに関しては深い意味がない可能性もありますが、「どんな街も人にも(物理的な)永遠は無い」というメッセージを含んでいる可能性もあるのではないかなと個人的には感じました。

まとめ

本作のメッセージの一つに「人生何があるか分からないけど、通る道が違っても、行きつく先はみんな同じ」と言いうものがあるように、人生は本当にいつ何が起こるかはわかりません。

そしてあらゆる出来事を事前に回避することもほぼ不可能です。

先述しましたが、時の経過や自然災害などに対して人は抗うことはできず、物理的な「永遠」は現実的なところありません。どれだけ美しい二人も、どれだけ美しい街並みも時の経過や自然災害の前ではそれから逃げることはできず成す術もないのです。

しかし、作中でデイジーとベンジャミンの会話にこんなものがありました。

デイジー「なに…?何考えてたの?」

ベンジャミン「永遠なんてないんだなって。なんだか、悲しいけどね…。」

デイジー「永遠はあるわよ…。」

ベンジャミン「おやすみ、デイジー。」

デイジー「おやすみ、ベンジャミン。」

引用元:ベンジャミン・バトンより

この二人の会話が示すように、物理的な永遠は無いのかもしれませんが、”物理的ではない永遠”はあるのかもしれません。

それは愛なのか、2人の絆なのか、2人の魂なのか。おそらく目には見えないものでしょう。

ベンジャミンのように数奇な人生を送ったとしても「死」からは、どんな人であれ逃れることはできません。ただ、その先にある「永遠」を見つけることが人生における一つの意味なのかもしれませんね。

お読みいただきありがとうございました。

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