【理想の母親】ガンプ母の人物像や名言を深掘り(ネタバレあり)

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映画「フォレスト・ガンプ」は1994年公開のアメリカ映画です。

主人公ガンプの波瀾万丈な生涯を描いた本作は、多くの人の心を惹いてきましたが本作の魅力の一つに「キャラの濃い登場人物の存在」が挙げられます。

その中でも、数多くの名言を残し、ガンプを常に支えてきた人物として母・ガンプが挙げられます。

今回はそんなガンプ夫人の人物像や残してきた名言に着目しいかに理想の母親であったか振り返っていこうと思います。

「フォレストガンプ」をまた見直し鑑賞したくなった方は是日「U-NEXT」よりご覧くださいね。

目次

母ガンプは息子の為なら”なんでも”できてしまう強い女性

映画「フォレストガンプ」の中でも賛否両論と言えるシーンが冒頭にある「ガンプ母と校長先生のシーン」でしょう。

引用元:facebook公式

概要としては知能指数が低いガンプを

補足:ガンプの父親はどこに行ったのか

ちなみに作中でほんの少ししか触れないので割とスルーされがちですが、「ガンプの父親」ってどんな人でどこに行ってしまったのかって結構謎が多いですよね。

作中で唯一出てくるヒントとしては、母親のセリフからもある「お父さんは休暇にいっている」と言うもののみでした。

あえて「休暇」という表現をするからには「死別」ではない可能性も高いです。

これらに関してはあくまで考察にすぎませんが、

  • 知能指数の低いフォレストを授かったことにより育てられる自信がなく妻・子ともども捨てていなくなってしまった説
  • その場限りで体の関係になってしまった異性との間に授かった説(実家では旅人を泊めてあげる民宿のようなものを営んでいたため)

なども可能性としては考えられます。

それ故、ガンプ母は現代で言ういわば「シングルマザー」としてフォレストのことをたくましく一人で育てたのでした。

常にフォレストの立場に立って物事を説明した母親

引用元:facebook公式

フォレスト母は、常にガンプが理解できるような言葉で物事を伝えていました。

  • 人生⇒チョコレートの箱のようなもの
  • 足の補装具⇒魔法の靴
  • 休暇⇒どこかへ行って、戻ってこない事
  • 死⇒人生の一部、誰にでも訪れるもの

など、どれも母親の優しさと愛情がこもった言葉に感じられます。

ですが、「休暇」のことを説明しているシーンなどの母親の表情からは、どこか寂しさや哀しさも読み取れます。

夫となるべき人がいなくなり、ガンプと二人きり、母親1人で育てなければいけないその状況は、私たちの想像もつかないような苦悩が裏側にはあったのかもしれません。

補足:「フォレストガンプ」の名前の由来

作中では主人公「フォレストガンプ」のその名前の由来についても明かされていました。

「フォレスト」は、南北戦争で名を挙げた将軍「ネイサン・ベッドフォード・フォレスト」から由来しているとされています。※母親の言う通り、将軍とガンプ親子が本当に血がつながっているのかは不明

フォレスト将軍は「クー・クラックス・クラン(通称KKK)」という白人・北方人種至上主義を唱える団体を設立したとしても有名な人物です。

このKKKですが、白い三角巾とガウンを身にまとって当時の黒人居住区息を練り歩くという(一種の嫌がらせ)活動を行っていたことでも有名なようです。

フォレスト将軍に限らず、人間というのは人それぞれ多様な思想を持っています。それゆえ、時に無意味でバカなことをしてしまうこともあります。以下のセリフからもありますがそれが「フォレストガンプ」の由来の様です。

「人間は、時々無意味でバカなことをする」ってことを僕に思い出させるためのフォレストなんだって、ママが言ってた。

引用元:フォレストガンプ

ガンプが大人になってからも深く考えさせられるような、名前の由来と言えますね。

戦地に息子を送る母親の心情

引用元:facebook公式

大学を卒業したガンプのもとに「陸軍入隊案内」が来たことでガンプは陸軍への入隊へと進みます。

トントン拍子でガンプは軍隊の生活に染まっていき、あっという間に戦地へ旅立つことになりました。

「無事に戻ってくるのよ。」とだけ言い聞かせ、息子ガンプを戦場ベトナムへ送り出します。

送り出しの言葉は短いものでしたが、どれだけも思いが詰まっていたかは想像を絶するものです。

死ぬ間際に見せた”最後の優しさ”

エビ取り業が波に乗ってきた矢先、ガンプのもとに母親の危篤の連絡が飛び込みます。

急いで自宅に戻ったガンプの目に飛び込んだのは、病気により弱ってしまいながらも笑顔を見せる母親の姿でした。

「死を怖がらないで。生の一部なんだから。誰も逃げられない運命なの。」と母親自身が死んでいなくなってしまう事の不条理さを息子ガンプに何とか伝えようとしました。

母親自身、自分の病状が良くない事、死期が近いことは悟っていたはずですから怖かったでしょうしとてつもない不安だったと思います。

ですが、息子ガンプの前ではそういったネガティブな顔は見せないことで「死は怖くないもの」だということを伝えたかったのでしょう。

死期を前にしても尚、母親としての役目や優しさを示したかったのかもしれませんね。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

母ガンプに着目して映画を観なおすと、母親としての愛情や優しさ、そして強さが感じられますね。

ちなみに個人的には、ガンプ母の

「若いころの強くたくましい美しい時代」も

「年を取った優しさと愛情あふれる姿」どちらもたまらなく好きです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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