【ネタバレ考察】「トイレのピエタ」見てみた感想と個人的な解釈をまとめてみた

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映画「トイレのピエタ」はRADWIMPSボーカルの野田洋次郎氏が俳優として初めて主演を演じたことで有名な日本映画です。

本作を見た方の中には内容が少し難しくて分かりづらく感じた方も多かったのではないでしょうか。

今回はそんな「トイレのピエタ」に関しての考察や解釈を自身の考えを交えながら触れていきたいと思います。

目次

「トイレのピエタ」のあらすじ

画家の夢を諦め、清掃員の仕事をしながら日々に生きがいを見出せずにいた主人公園田浩(野田洋次郎)だが、仕事中に倒れ医者に余命3ヶ月と宣告される。胃がんが見つかったのだ。

そんな最中に出会った謎の女子高生・宮田真衣(杉咲花)と病院で知り合った横田(リリーフランキー)との出会いをきっかけに、人生の意味を彼自身が見出し始める。

ベースとなったのは「手塚治虫」の病床日記

当映画は、かの有名な漫画家・手塚治虫氏が生前に綴った病床日記をベースに脚本が作られたことでも有名です。

手塚治虫さんと言えば「命」にフォーカスを当てた作品が印象的です。「火の鳥」はまさしくそれに該当しますよね。

ちなみに当映画の監督に当たる松永大司氏は、過去に映画「ウォーターボーイズ」に俳優として出演していた過去も持つ人物です。

「トイレのピエタ」題名の由来

本作を観た方の多くが題名「トイレのピエタ」の由来や意味について考えたと思います。

まず一般的にですが「ピエタ」は、聖母子像の一種とされており、処刑され十字架から降ろされたイエス・キリストを抱く聖母マリアを描いた彫刻や絵のことを指すと言われています。

本作のテーマ?→人はなぜ生きるのか

劇中では、人生に希望を見出せない園田の姿を描きながら「人はなぜ生きているのか」という問いを視聴者に投げかけているように感じられました。

ストーリーに出てくる登場人物たちも皮肉なことに、「死にたいと思う健康な人」と「生きたいと願いながら病気で死んでしまう人」が対比されています。

また映画内中盤のシーンでの横田と園田のやりとりは印象的ですよね。

「そもそも人間なんてさ、この地球上にいる必要ないんだよね。意味がない。役目もない。食物連鎖にも関係ないんだから。」

横田

「じゃあ横田さんはなんで生きてるんですか?」

園田

「そりゃあ、、死にたくないからでしょ。」

横田

しかし、映画ラストで園田は自身の生きる意味を自ら見出します。

恐らく園田は自分が死ぬ事で存在が全て無くなってしまうことに恐れていたのではないかと思います。それゆえ、闘病中の園田は自分にせめて出来る窓拭きをボランティア的に行ったり、病院で知り合った子供「たくとくん」に絵をプレゼントしたり、映画のラストではトイレに自分にとっての「聖母マリア」を描くことで、なにか自分の存在した価値を残そうと奮闘しました。

たしかに人類は食物連鎖にも関係のない生き物です。でも芸術といった形で生きた証を残すことができるのも人類だけではないでしょうか。

そんな園田に対して女子高生・真衣は「むかつく」と苛立ちをぶつけます。

死にたいと思いながらもどうやったら死ねるかも分からない真衣を横目に、勝手に絵を描いて勝手に死んでいってしまった園田。きっと生きたいと願いながら、死にたくないと恐怖にさいなまれながら死んでいった園田。

その園田に対して、苛立ちと哀しみ、やるせなさを感じ、真衣はラストシーンで街をひたすら歩いたのかもしれません。

考察ポイント①「浄化と昇天」のセリフの持つ真意とは?

園田がトイレに絵を描く理由を横田に聞かれた際に答えたセリフはかなり意味深でしたよね。

「浄化と、昇天だから。」

園田

その言葉を聞いて1発でピンときた方は中々少ないのではないでしょうか。

この言葉に対する解釈は様々あるかと思われますが、「死は人生の一部」と言うメッセージがあるのかなと個人的には思いました。

大金持ちだろうと貧乏人だろうと人は誰しも、生まれた瞬間から「死」に向かっていきます。寂しいですが必ずいつかは死ぬ運命にあります。

その為、人生を生きていくには最後に必ず死というものと対峙しなくてはなりません。

しかし「死」はそんなに恐れるものなのでしょうか?

トイレというのは人が排泄を行うために行く場所で、決していいイメージではないかもしれませんが、排泄を行うことは心身の「浄化」とも捉えられます。

生きていく以上排泄をすることはごく当たり前ですよね。

しかし「死」という物もそれに近い物、もしくは同じような物なのではないでしょうか?

死を浄化と捉えることができれば、恐怖心も僅かですが和らぐような気がします。

園田は、トイレを「浄化と昇天をするところ」と捉え、最後の時間を自宅トイレで過ごすことに決意しました

最後、確かに園田は亡くなってしまいましたが絵描きとして「生きた証」を残せた彼に、後悔はなかったのかもしれません。

ちなみに「死は人生の一部」と言ったメッセージはあの有名作「フォレスト・ガンプ」内でもでてきましたね。

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まとめ

映画の完成度としては、正直なところ世間的にも賛否両論なのが本作の特徴のひとつです。

RADWIMPSファンであれば気にすることなく見れるかもしれませんが、野田洋次郎さんのこと自体を全く知らない状態で見ると、どうしても粗が目立つかもしれません。

なんていったって演技初挑戦ですからね。。
個人的には、野田洋次郎氏の良くも悪くも自然な演技にかなり心動かされました。

世間的にかなりヒットした映画とは言えませんが観た方の心を揺する映画であることは間違えないでしょう。

これを機に「生きるとは何か」を改めて考えてみるのもいいかもしれませんね。

お読みみいただきありがとうございました。

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