【考察】ラストの爆発は現実?空想?森口のセリフの意味(映画告白)

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告白

映画「告白」は2010年公開のヒット作。

賛否両論分かれる本作の中に登場したラストシーンは、特に様々な考察がなされる演出で幕を閉じます。

今回は、そんな「告白」のラストシーンの疑問について触れていきます。

あくまで一視聴者の考察です。参考程度に読んでいっていただけると幸いです。

映画「告白」ラストシーンは現実と空想のミックス?

個人的な考察ですが、本作ラストシーンはおそらく現実と空想のミックスかなと思いました。

現実というのは、森口が渡辺修哉の母親をおそらく爆弾により殺していること。

空想は、渡辺修哉が想像した、「最愛の母親が爆発して死ぬ瞬間」の映し出されたシーンのことです。

渡辺修哉は爆発の瞬間、学校の体育館に確実にいた為、母親の在籍していた研究室を見ることはできません。

ただ、渡辺修哉が目の前で研究室が爆破したかと思うくらいリアルな体験をしたのには、彼の母親に対する思いの強さゆえでしょう。

それだけ母親への執着が強く、爆破された事実を聞いた時のショックは計り知れないほどの衝撃だったのかもしれません。

森口のセリフ「なーんてね」の意味とは?

本作のラストシーンは、森口の「なーんてね」この一言で締めくくられます。

個人的な考察として、この言葉の意味には森口の復讐が究極までに込められていた言葉のように感じました。

本作の軸となっていた森口と渡辺修哉の存在は、それぞれの立場として決して模範的な思想は持ち合わせていませんでした。

模範的な思想というのは、以下のようなもの。

  • 生徒としてあるべき姿→命は全て平等に美しく、大切なものと考える
  • 教師としてあるべき姿→生徒を更生させるために尽くす

一人の生徒であった渡辺修哉は、分かりやすく表すと「命」を軽視し続けていました。

そして、森口も心の底では生徒を更生させようとなんて微塵も思っていなかったのかもしれません。

そんな渡辺修哉に対する復讐を決行した森口。

少年Aにあたる渡辺修哉は、全校集会のスピーチで以下のように話しました。

この世界には殺人を犯しても許される人間がいる。彼らは、ぼくは、新しい世界の創造のため、あらゆる秩序を乗り越える権利を持つ。そう言って、「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフは老婆を殺しました。けれど僕は言いたい!命は、どの命も尊く、どの命も美しく、この世に失われても良い命など一つも無いと言うことを。…なーんてね。

少年A渡辺修哉

引用したのはドストエフスキーの「罪と罰」。

このときの渡辺修哉の本当の心情はおそらく全てが嘘。

そんな嘘で塗り固められた渡辺修哉への復讐を、森口も嘘でやり返した、という認識が正しいのかもしれません。

ラストの森口の以下のセリフには、復讐を完結させるためにはぴったりなセリフだったと言えるでしょう。

「これが私の復讐です。本当の地獄。ここから、あなたの更生の第一歩が始まるんです。…なーんてね。」

森口

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